高市早苗首相をめぐる「中傷動画」問題が、日本政界でじわじわと波紋を広げている。

発端となったのは、週刊誌『週刊文春』の一連の報道だ。同誌はこの問題を3週連続で取り上げ、最新号では、高市氏の周辺秘書である木下剛志氏と、動画制作者の松井健氏との間で交わされたとされる「67通の証拠」を入手したと報じた。メールやメッセージ、ネット上でのやり取りなどが含まれているという。つまり、単なる「告発」や「うわさ話」では済まされない段階に入りつつある。

問題の焦点は、高市陣営が選挙期間中、対立候補を攻撃する動画をひそかに制作・拡散していたのかどうかという点にある。

報道によると、昨年の自民党総裁選では、松井氏が匿名アカウントを使い、高市氏の有力なライバルだった小泉進次郎氏や林芳正氏を批判する動画を多数投稿していたという。動画では、小泉氏を「無能」「反感を買っている候補」といった形で描き、林氏についても「退場すべき人物」と印象づける内容があったとされる。一方で、高市氏を持ち上げる動画も投稿されていたという。

さらに今年2月の衆議院選挙では、松井氏が木下氏側の求めに応じ、野党候補を攻撃する動画を制作したとも報じられている。立憲民主党の馬淵澄夫氏については「国を損なう素人」、岡田克也氏については「息をするように嘘をつく」といった表現が使われたとされる。

事態をより深刻にしているのは、松井氏本人が動画制作への関与を認めている点だ。松井氏は5月18日、YouTube番組「NoBorder News」に出演し、問題の動画を制作・拡散したことを認めたうえで、「木下氏と直接会ったことはないが、オンラインで打ち合わせをした」と語った。さらに、自民党総裁選の期間中、AIソフトを使って1日に100本から200本ほどの動画を作成し、そのうち約7割は小泉氏への攻撃、約1割は林氏への攻撃、残りは高市氏の宣伝に使われたと説明している。

もしこの説明が事実であれば、問題は単なるネット上の応援活動にとどまらない。首相陣営の関係者が、匿名アカウントやAI動画を使い、組織的にライバルを攻撃していた可能性が出てくるからだ。

高市首相はこれまで、国会答弁で本人および陣営の関与を否定し、「まったく行っていない」と説明してきた。しかし、松井氏の証言に加え、『週刊文春』が新たな通信記録を報じたことで、その否定には厳しい目が向けられ始めている。

当初、一部の主要メディアはこの問題を大きく扱っていなかった。だが、状況は変わりつつある。『東京新聞』などは、高市首相に対してより詳しい説明を求める論調を強めている。自民党内にも不安が広がっているとされ、あるベテラン党関係者は、高市氏が否定を続けるのであれば、国民が納得できるだけの根拠を示す必要があると指摘している。このままでは、野党はもちろん、有権者の不信感も拭えない。

野党側も追及の構えを強めている。立憲民主党や日本共産党などは、国会などの場でこの問題を取り上げる準備を進めているとされる。批判する側は、仮に与党陣営が匿名動画を使って対立候補を攻撃していたのであれば、選挙の公平性を大きく損なう問題だとみている。とりわけ、AIによって大量の動画を簡単に作れる時代になった今、政治家や政党が見えにくい形でネット世論を操作することへの懸念は、これまで以上に大きい。

高市首相が抱える問題は、これだけではない。以前には、今年2月の衆議院選挙後、「当選祝い」の名目で自民党所属の衆議院議員300人以上に贈答品を配ったと報じられた。この行為についても、政治資金規正法に抵触する可能性があるのではないかとして、野党から国会で追及を受けている。

つまり、高市首相はいま、二つの政治問題を同時に抱えていることになる。一つは「贈答品問題」、もう一つが今回の「中傷動画」疑惑だ。前者は政治資金と党内慣行の問題であり、後者は選挙の公正さとネット世論の操作に関わる問題である。

現時点で、高市首相がこの問題で辞任に追い込まれるかどうかは、今後出てくる証拠や、自民党内の判断に左右されるだろう。ただ、今回の「中傷動画」疑惑が高市政権に大きな打撃を与えていることは間違いない。

高市首相が十分な説明を示せなければ、問題はさらに広がる可能性がある。これは単なる一時的なスキャンダルではない。高市氏にとって、政治生命を左右しかねない大きな分岐点になるかもしれない。